【書評】成功する起業家は「居場所」を選ぶ 最速で事業を育てる環境をデザインする方法

f:id:tsutsumi-uranai:20190722212936j:plain

 

本書をおすすめしたい読み手は次のような人たちです。起業家、またはこれから起業したいと考えている人、そして、自社の企業文化を変えたいと思っている人たちである。とはいえ、優れたビジネス書の例にもれず、本書も、上記に該当しないビジネスパースンにも役立つ普遍的な着想と知恵が書かれています。

東京大学にて200以上のプロジェクトを支援してきたアクセラレーターの著者は、起業を取り巻く「環境」に注目した。最速で事業を育てる環境をデザインするには? 行動科学・社会学・心理学・経営学などのエビデンスをベースに、そのポイントをまとめあげたのが本書である。

特にこれから起業をしようという初心者を想定して、環境の「選び方」をメインに紹介する。著者の願いは、最終的には一人ひとりが環境の担い手として、環境を育てていく側にまわってほしいというものだ。新しい事業を生み出す立場になるのなら、起業の成功確率を高めるための秘訣を読まない手はない。

 

要点

  1.  本書は「自ら環境を創り出し、環境によって自らを変えよ」という考え方を提示する。
  2. まずは優れた環境に飛び込んでみるとよい。起業家にとって適した環境は、「4つのP」というフレームワークで考えられる。最適な場所(Place)と人(People)を選び、正しく訓練(Practice)をしながらその実践プロセス(Process)を整備することが大事だ。
  3. 「自分の周りの環境を良くすることで自分自身を向上させる」という姿勢をもつことは、起業の成功確率を高めてくれる。

 

f:id:tsutsumi-uranai:20190722215106j:plain

 


自ら環境を創り出そう

本書が提案するのは、「起業して成功するために環境を変えてみよう」というコンセプトだ。これは、「自ら環境を創り出し、環境によって自らを変えよ」という言葉に集約できる。

もちろん、最初から自ら環境を創り出せる人は多くない。したがって、自らの足らないところや弱さを認めたうえで、まずは優れた環境に飛び込んでみるとよい。その後うまく行けば、後から続く人たちのために優れた環境を創る側にまわってほしい、というのが著者の願いだ。そうしたことを念頭におけば、起業とは、自分たちの事業によって良い会社や社会という環境を創り、多くの人たちに居場所を提供することだと定義できるだろう。

 

起業家にとって最適な環境はどのようなものなのか

環境を変えるとは、タイトルにもあるように、まず「自分の居場所」を変えることである。くわえて、目的に合わせて環境を育てていくことで、各自の中に眠る創造性や実行力を刺激するという意味も含まれる。これらは「運を上げる」ことにもつながる。

では、起業家にとって最適な環境はどのようなものなのか。それを深堀りするために、環境を次の「4つのP」に分けて考えていく。

・Place:どこでやるか?

・People:誰とつながるか?

・Practice:どう訓練するか?

・Process:どう仕組みを作るか?

本書の主張は、最適な場所(Place)と人(People)を選び、正しく訓練(Practice)をしながらその実践プロセス(Process)を整備しよう、というものだ。

 

 

f:id:tsutsumi-uranai:20190722215250j:plain

 

 

Place:直面する課題を解消してくれる場所

著者は、東京大学のある文京区本郷に引っ越した。この経験も踏まえて、「住む場所を変える」ことを提案している。引っ越しは、一時的に金銭的コストが発生するものの、一回実行すれば、変化への継続的な意思を持つ必要がない。見逃せないのは、起業で直面する問題は、場所が解消してくれるというケースだ。選ぶポイントとして、「起業家のつながりができる」場所というのが挙げられる。それは特定の地域の場合もあれば、コミュニティの場合もある。著者が提供しているような、起業家支援のプログラムに参加してみるというのも、居場所を変える一手段となる。他の起業家が物理的に近くにいることの効果は見逃せない。

起業前であれば、スタートアップで働いてみるとよい。起業後のイメージを具体化できるうえに、共同創業者が見つかるかもしれない。何より、先輩起業家の近くで働くことが、起業の「代理体験」となり、起業家として成功できるという自信を高める効果がある。また、すでに起業していても、一定期間他のチームとオフィスをシェアして一緒に働くなど、さまざまな手が考えられる。

創造性を育むうえでは、役割が明確ではない「マージナルな場所」こそが重要となる。シリコンバレーの起業物語でよく耳にする「ガレージ」も、マージナルな場所に類似している。使用のルールがなく、人の出入りが自由で、ものが散乱していても問題ない。そのため、実験に適しており、多くの発明が生まれやすい場所だ。

 

People:起業家の力を引き出す人の存在

「あなたは、あなたの周りにいる最も近しい人5人の平均だ」という。この言葉のとおり、大きく環境を変えたいのなら、思い切って付き合う人を変えてみるとよい。起業をめざす人の中には、ネットワーキングを目的としたイベントに参加をする人も多いだろう。しかしこれは、新しいつながりを作るうえではあまり効果がないかもしれない。ある調査によると、新しい出会いに意欲的な参加者ですら、約半分の時間は知り合いとの会話で過ごしてしまうそうだ。

著者がすすめるのは、小さなイベントへの参加である。それもボランティアのように、明確な目的のある継続的な場に参加するとよい。何度も会って行動をともにする中で、強いつながりが生まれてくることが多いからだ。もちろん、つながりをつくる場所を一つに絞る必要はない。複数の異なるコミュニティへの所属を検討してみるとよいだろう。

 

Practice:成長するための機会と練習法

意思決定の質や経営に必要なスキルを磨くうえで役立つのが、教育学者デイヴィッド・コルブが提唱した「経験学習」循環モデルだ。このモデルでは、次の4つの要素が重要だという。

・具体的経験:文字通り具体的な経験を積み重ねること。

・内省的観察:経験や出来事から離れて経験を俯瞰的に見て、多様な観点から振り返り、意味づけること。

・抽象的概念化:経験と内省から他の状況でも応用可能な知識やルール、スキーマを形成すること。

・能動的実験:学んだルールやスキーマを実践して検証すること。

現に米国の調査によると、30歳の起業家は20歳に比べて8.9倍成功しやすく、40歳の起業家は30歳の起業家の1.6倍成功しやすいという。経験を通じて学ぶことで、起業の成功率が高まるためだ。

 

Process:意思決定の役に立つプロセス改善

ビジネスには、意思決定やチーム運営、マーケティング、開発工程など、さまざまなプロセスがある。すべてについて学ぶには膨大な時間がかかる。そこで、今何に最も困っているのかという観点から、適切なプロセスを学び始めるのが望ましい。

そのうえで、汎用的に使えるという点で推奨したいのが、意思決定のプロセスである。多くの起業家は、人材採用やメンバー育成などを初めて経験する。人や組織に関する良いプロセスを学ぶのに参考になる例が、Googleの「re:Work」というサイトだ。面接の適切な回数は何回か、どんなマネージャーが組織に良い影響を及ぼすのかといった、さまざまなプロセスの分析結果が公開されている。こうした情報源を参考にしながら、自社に適したプロセスをつくっていくとよい。

 

 

f:id:tsutsumi-uranai:20190722215332j:plain

 

 

複数の選択肢を持つ

ここからは、より良い選択をするための知恵をいくつか紹介していく。基本的に、良い選択のカギは、「複数の選択肢を持つこと」である。たとえば転職のオファーが届いたとき、「A社に転職するかどうか」と悩むより、「A社とB社とC社なら、どこに行くか」と考えるほうが、より客観的な判断ができる。

また、「このビデオを買う」「このビデオを買わない」という選択肢の見せ方と、「このビデオを買う」「このビデオを買わない、その1499円で別のものを買う」という選択肢の見せ方では、選択が異なるという。後者の方が「買わない」という選択肢を選ぶ人が増えたのだ。もともとは同じ情報でも、異なるフレーム(枠組み)で提示されると、異なる印象を与える。これを「フレーミング効果」と呼ぶ。

 

探索と深化

多くの選択肢を持つために有効なのが「探索」である。これは、組織学習における知識の「探索」(Exploration)と「深化」(Exploitation)のモデルとして知られている。組織ではいずれも重要であるが、多くの場合は探索よりも深化に傾いていく。これは個人のキャリア開発においても同様だ。起業家は常に創造性や変化への対応力が求められる。そのため、なるべく多くの選択肢を持てるよう、意識的に探索をしておきたい。

 

意識的に「余裕」をつくる

私たちは「効率性」というわかりやすい目標に向かって、予定を詰めてしまいがちである。しかし、これでは簡単に時間が足りなくなってしまう。大事なのは、「Slack」つまり「余裕」を計画的につくることだ。

企業の組織運営では、必要な人員より10~20%程度多く雇用すると、組織の創造性に好影響をもたらす可能性が高い。この考え方をもとに、予定を入れない時間を意識的につくっておく。そうすれば、時間の欠乏の連鎖を防げるうえに、何もなければその時間を探索にあてることができる。

 

 

f:id:tsutsumi-uranai:20190722215422j:plain

 

 

バーベル戦略

株式や債権の投資戦略の一つに、「バーベル戦略」がある。90%程度は超安全な金融商品に投資し、残りの10%をハイリスク・ハイリターンの商品に投資する。つまり、中くらいのリスクは取らないという戦略だ。

この戦略は、深化と探索の両立に活かせる。具体的には、見返りを得やすい深化に9割の時間を割き、探索に1割を使うとよい。探索を行い、仕事以外の人間関係を築くことは、引き出しを増やすこと、孤立しない人生を送ることにもつながっていく。

 

最適な人の選び方

つづいて紹介するのは「秘書問題」である。これは「複数の候補者がいる中で、どうやって最適な秘書を選べばいいのか?」という問題について、数学的アプローチで考えるというものだ。このアプローチによると、最良の選択は、「最初に会った36.8%までは本採用せず、それ以降にこれまでで最も良かった人を選ぶ」というものである。10人の候補者に会うとしたら、3人目まではスルーして、その3人よりは良いと思った人を4人目以降で選ぶということになる。

これをキャリア開発に当てはめれば、最初の10年は3回ジョブ・チェンジをしてみるというアプローチになる。また、スタートアップの事業のアイデアを探索する際にも、最初の3割はスルーするつもりでアイデアを出し続けるほうが、良いアイデアにたどり着きやすいといえる。

 

まとめ

最近は大企業がスタートアップと組むケースが増えてきた。いわゆるオープンイノベーションである。少しでも関わりのある方であれば、事業を成長に導く「環境」のデザイン方法に焦点をあてた本書の内容は、必読といっていい。学びを加速させる場所の育て方、チームの創造性を高めるプロセスなど、読みどころ満載だ。また、要約でもふれたように、成功する起業家は、経験を積んだ年齢の高い世代に多いというデータもある。キャリアを積んできた方は、いちど起業を自分事として考えてみてはいかがだろうか。